2024年1月 3日 (水)

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2009年5月16日 (土)

韓国のオカリナ:作者より改めてごあいさつ

当ブログにお越し頂きありがとうございます。

私は現在韓国を離れているため、ブログの更新ができないでいますが、いずれ韓国に戻ってきた際には更新を進めたいと思います。韓国のオカリナメーカー(31社)の紹介記事にはリンクを張っていますので、新製品の情報はそちらから確認できると思います。

コラム「オカリナは民俗楽器か?」も中途のままですが、これは日本のオカリナ演奏家にも様々なスタイルの方がいらっしゃり、アマチュア愛好家として特定の方(ましてやプロの方)に失礼にならないようにと推敲を重ねているうちに韓国を離れた次第です。よく読めば私の考え方も推察できると思いますし、今となっては現在のままでも余韻があって良いかなと思っています。

それでは、少々古くなりましたが、韓国のオカリナに関する記事をお楽しみ下さい。

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2007年1月28日 (日)

コラム:オカリナは民俗楽器か?(中)

「フォーク・ソング」の伴奏楽器を「民俗楽器」と定義した訳ではありませんが、必然なのか偶然なのか、結果的に、日本でフォーク・ソングの伴奏楽器として愛用されるのがギターやハーモニカというシンプルな楽器であるのは興味深いです。

個人的には、ここで言うギターが電子ギターでなくアコースティックギターであることを強調したいです。「電源に頼らず街頭でもどこでも演奏できる」という目的もあるでしょうが、それ以上に「アコースティックな音がフォークにはふさわしい」、言い換えると「極力現代文明に頼らない」という意思を感じます。大きな会場ではマイクやアンプは不可欠でしょうが、それでも「自分の原典は路上ライブだ」と公言するアーティストがいるのは、単に自分を育ててくれた環境への愛着のみならず、生音への愛着も感じられます。

また、フォーク・ソングには、政治的メッセージが込められることがよくありますが、そのメッセージには文明否定(少なくとも懐疑)、自然回帰(少なくとも賛美)の思想がよく見受けられるように思います。これも、必然なのか偶然なのか、結果的に、フォーク・ソングと民俗楽器の相性の良さを感じます。

そこでオカリナですが、これは究極の民俗楽器だと思います。なにしろ材料は土だけ。工程も、陶土をこねて、成形して、焼くというシンプルなものです。文明懐疑、自然賛美のメッセージを打ち出すならオカリナほど適した楽器はありません。日本のフォーク・ソング全盛期にオカリナが日本国内に普及していなかったのは残念です。

また、オカリナは自分でも作ることが出来る楽器です。もちろん良い楽器を作るには熟練が必要とはいえ、ギターやハーモニカを自分で作るのはまず無理です。フォーク・ソングのアーティストにシンガーソングライターが多いのも、全てを自分で手作りすることへの愛着のある方が多いように思います。そういう意味では、自分が作ったオカリナで自分が作曲した曲を演奏するというのは究極のフォーク・ミュージックと言えるでしょう。

以上をまとめると、オカリナは民俗楽器として大きな潜在力を持っています。この潜在力を最大限に引き出すためには、その演奏者は、
1.自分で作った楽器で演奏する。
2.自分で作曲した曲を演奏する。
3.曲には文明懐疑、自然賛美のメッセージを込める。
…といった行動を取るのが典型的なパターンとなります。いわゆる「コテコテのオカリナ吹き」ですね。

そういえば、ドキュメンタリー番組の挿入曲でオカリナブームを招いたSさんは、「123」の全てを満たしていますね。自然の中で生活しているというイメージが強いのも「3」を強化しています。

飲料のTVコマーシャルで有名になったHさんは、「23」を満たしています。最近出版された著書を読んでも「3」への傾倒を感じます。またHさんはオカリナ製作・研究分野への関心もお持ちであり、製作者とのコラボレーションという形で「1」にアプローチしています。

オカリナ製作では有名なAさんは、「12」を満たしています。自作曲のメッセージは玉石混淆でよく分からないのですが、あまり「3」のイメージを志向する方ではないとはいえ、民謡をモチーフにした曲も演奏されるようです。

・・・おや、少し脱線してしまいました。決してオカリナ演奏者の成功方程式を論じている訳ではありません。引き続き、オカリナが民俗楽器として持っている大きな潜在力を最大限に引き出すためには、楽器自体がどの方向に発展していくのが典型的なパターンかを考えてみます。

やはり民俗楽器としてのオカリナは陶器に限ります。できれば釉薬も使わない素焼きの方がよいでしょう。プラスチックや金属製のオカリナでは自然のイメージが出ません。オカリナ愛好者の一部には複数管オカリナにさえ拒否感(とまではいかなくても、抵抗感)を示す方がいますが、たとえ素焼きのオカリナであっても、素朴さこそオカリナの命と考える方にとっては、複数管という製品もは(ましてやプラオカは)「邪道」なのだと思います。

オカリナが普及するためには大手メーカーが量産することが不可欠ですが、それでも熱心な愛好者は小さな工房の「手作り」製品を好むでしょう(大手メーカーの製品だって手作りなのですが)。韓国のメーカーは個人製作者を含め大半がホームページをもっていますが、日本の個人製作者にはホームページを持っていないところも多く、初心者には間口の狭いものになっています。「自然に囲まれた小さな工房で一つ一つ丁寧に手作りしています」といったイメージの個人製作者は、パソコンなどという現代文明の権化のような道具とは無縁の生活をしているのかもしれませんね。

陶器のオカリナとは別に、木製の6穴オカリナを別の名前で世に広めようとしている方もいらっしゃいます。こちらも天然素材ですし、特に、過疎で廃校になった学校の木や被災地の木を使って楽器を作るという「文明懐疑、自然賛美のメッセージ」満載の話題を提供しています。この楽器は一つの運指穴を複数の音階に使用するので(どこかで調律を妥協せざるをえないので)西洋楽器として発展するには限界がありますが、民俗楽器の王道を歩んでいくことでしょう。

しかし、10穴から12穴へ、そして複数管へと進化しつつあるオカリナには、西洋楽器としての潜在力と可能性も秘めているように思います。次回はその点について触れてみたいと思います。

 

(追記 2007.01.30.) 陶器オカリナで「三宅島の火山灰で作った釉薬をかけました」とか「山古志村のたんぼの土を混ぜた陶土で作りました」とかいう人はいないと思いますが、オカリナにメッセージを込めるという観点からは、こういう路線の存在する余地はあるでしょう。米や麦は大抵の地方で作っているでしょうから、アピールしたい土地の籾殻を使った黒陶オカリナであれば、既に製作をされている方には難しくないでしょう。でも、メッセージを込める際には心も込めて下さいね。

 

 

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2007年1月27日 (土)

コラム:オカリナは民俗楽器か?(上)

ある日、オカリナ好きのMさんが、フォークソングが好きだというので、私は、オカリナでフォークソングを吹いたら似合うだろうなあと思いました。

次の日、オカリナ好きのIさんが、複数管オカリナやキー付きオカリナが発展したら演奏の幅が広がるだろうというので、私は、オカリナで様々な音楽が演奏できたらいいなあと思いました。

その次の日、オカリナ好きのOさんが、オカリナを民俗楽器ととらえるか西洋楽器ととらえるか、という話をしていた際に、私は、この3つの話は同じ話であると気付きました。

まず用語の確認をすると、フォーク・ミュージック(folk music)というのは本来は民俗音楽という意味であり、フォーク・ソング(folk song)というのも本来は民謡(民俗歌謡)という意味ですが、日本では、1960~70年代に流行した、シンガー・ソングライター(singer-songwriter)がギターを弾きながら歌う曲が典型的なフォークソングです。歌詞は日常の風景を扱ったものや政治的メッセージを扱ったものが多いですが、実生活に密着しているという点が特徴です。

民俗楽器というのは、本来は伝統的に特定の地域で使われてきた楽器(その意味では「民族楽器」と書いても間違いではない)ですが、ここでは、生活に密着して使われる楽器という意味で使います。例えば、ギターやハーモニカは、現在は特定の地域や民族に限定されず愛用されていますが、民俗楽器として扱います。「カジュアルな楽器」というイメージがあります。

西洋楽器という表現は誤解を招きやすいかもしれません。西洋の特定地域で愛用される民俗楽器は、ここで言う西洋楽器として扱いません。西洋音階が出せることは最低条件ですが、ここでは典型的な西洋楽器として「オーケストラ楽器」とイメージした方が良いかもしれません。「フォーマルな楽器」というイメージがあります。

土笛は古代から世界各地で使用されていた民俗楽器です。土笛で西洋音階を出せるようにしたオカリナは、イタリアでは文句なしに民俗楽器(民族楽器でもある)ですが、日本や韓国ではどうでしょうか。12穴オカリナ、複数管オカリナ、プラスチック製オカリナなど、楽器の進化に向けた試行錯誤は活発ですし、韓国では教育現場でも普及しつつあります。

とりあえず今日はここまで。引き続き、
(中)では民俗楽器としてのオカリナの潜在力と可能性について、
(下)では西洋楽器としてのオカリナの潜在力と可能性について、
思いつくままに書いてみたいと思います。

(私は専門的な音楽教育を受けていませんので、変な箇所があれば御教示下さい。内容も鵜呑みにせず、あくまで皆さんが自分で考える際の一つの参考として頂ければ幸いです。)

 

 

 

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2006年11月18日 (土)

コラム:ダブルオカリナの長所(2)

4.まとめ

楽器の可能性に挑戦するという意味でトリプルオカリナは魅力的です。珍しいので所有する喜びもありますし、挑戦する意欲も沸きます。

しかし、高価なトリプルを買える人は多くありません。難しいトリプルを吹きこなせる人も多くありません。トリプルでなければ吹けないという曲もそんなに多い訳ではありません。

そうであれば、比較的安価に購入でき、トリプルに較べれば吹きやすく、ほとんどの歌謡曲を含め演奏可能な曲の幅が大きく広がるダブルオカリナに多くの人が接することができ、複数管の面白さに親しんでもらうことの方が大事なような気がします。

製作者にも、消費者にも、「トリプルがあるのだからダブルは単なる通過点」と考えるのでなく、ダブル独自の魅力も知って欲しい、知らせて欲しいなと期待しています。

2doublesm   
(上) アケタ・ダブレット

(下) マパラム・ダブル

※ この他、日本ではティアーモがダブルオカリナを
   市販しており、韓国ではノーブルが近日中に
   ダブルオカリナを市販予定です。

(クリックすると拡大表示されます)

 

アケタがダブレットの生産を停止してながらく経ちましたが、再び、韓国でも日本でもダブルオカリナが市販されるようになりました。繰り返しますが、関心のない人に複数管を強要するつもりはありません。関心が生じたときに、そこに購入の選択肢があるという状況が生まれたことを嬉しく思います。

 

 

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