「フォーク・ソング」の伴奏楽器を「民俗楽器」と定義した訳ではありませんが、必然なのか偶然なのか、結果的に、日本でフォーク・ソングの伴奏楽器として愛用されるのがギターやハーモニカというシンプルな楽器であるのは興味深いです。
個人的には、ここで言うギターが電子ギターでなくアコースティックギターであることを強調したいです。「電源に頼らず街頭でもどこでも演奏できる」という目的もあるでしょうが、それ以上に「アコースティックな音がフォークにはふさわしい」、言い換えると「極力現代文明に頼らない」という意思を感じます。大きな会場ではマイクやアンプは不可欠でしょうが、それでも「自分の原典は路上ライブだ」と公言するアーティストがいるのは、単に自分を育ててくれた環境への愛着のみならず、生音への愛着も感じられます。
また、フォーク・ソングには、政治的メッセージが込められることがよくありますが、そのメッセージには文明否定(少なくとも懐疑)、自然回帰(少なくとも賛美)の思想がよく見受けられるように思います。これも、必然なのか偶然なのか、結果的に、フォーク・ソングと民俗楽器の相性の良さを感じます。
そこでオカリナですが、これは究極の民俗楽器だと思います。なにしろ材料は土だけ。工程も、陶土をこねて、成形して、焼くというシンプルなものです。文明懐疑、自然賛美のメッセージを打ち出すならオカリナほど適した楽器はありません。日本のフォーク・ソング全盛期にオカリナが日本国内に普及していなかったのは残念です。
また、オカリナは自分でも作ることが出来る楽器です。もちろん良い楽器を作るには熟練が必要とはいえ、ギターやハーモニカを自分で作るのはまず無理です。フォーク・ソングのアーティストにシンガーソングライターが多いのも、全てを自分で手作りすることへの愛着のある方が多いように思います。そういう意味では、自分が作ったオカリナで自分が作曲した曲を演奏するというのは究極のフォーク・ミュージックと言えるでしょう。
以上をまとめると、オカリナは民俗楽器として大きな潜在力を持っています。この潜在力を最大限に引き出すためには、その演奏者は、
1.自分で作った楽器で演奏する。
2.自分で作曲した曲を演奏する。
3.曲には文明懐疑、自然賛美のメッセージを込める。
…といった行動を取るのが典型的なパターンとなります。いわゆる「コテコテのオカリナ吹き」ですね。
そういえば、ドキュメンタリー番組の挿入曲でオカリナブームを招いたSさんは、「123」の全てを満たしていますね。自然の中で生活しているというイメージが強いのも「3」を強化しています。
飲料のTVコマーシャルで有名になったHさんは、「23」を満たしています。最近出版された著書を読んでも「3」への傾倒を感じます。またHさんはオカリナ製作・研究分野への関心もお持ちであり、製作者とのコラボレーションという形で「1」にアプローチしています。
オカリナ製作では有名なAさんは、「12」を満たしています。自作曲のメッセージは玉石混淆でよく分からないのですが、あまり「3」のイメージを志向する方ではないとはいえ、民謡をモチーフにした曲も演奏されるようです。
・・・おや、少し脱線してしまいました。決してオカリナ演奏者の成功方程式を論じている訳ではありません。引き続き、オカリナが民俗楽器として持っている大きな潜在力を最大限に引き出すためには、楽器自体がどの方向に発展していくのが典型的なパターンかを考えてみます。
やはり民俗楽器としてのオカリナは陶器に限ります。できれば釉薬も使わない素焼きの方がよいでしょう。プラスチックや金属製のオカリナでは自然のイメージが出ません。オカリナ愛好者の一部には複数管オカリナにさえ拒否感(とまではいかなくても、抵抗感)を示す方がいますが、たとえ素焼きのオカリナであっても、素朴さこそオカリナの命と考える方にとっては、複数管という製品もは(ましてやプラオカは)「邪道」なのだと思います。
オカリナが普及するためには大手メーカーが量産することが不可欠ですが、それでも熱心な愛好者は小さな工房の「手作り」製品を好むでしょう(大手メーカーの製品だって手作りなのですが)。韓国のメーカーは個人製作者を含め大半がホームページをもっていますが、日本の個人製作者にはホームページを持っていないところも多く、初心者には間口の狭いものになっています。「自然に囲まれた小さな工房で一つ一つ丁寧に手作りしています」といったイメージの個人製作者は、パソコンなどという現代文明の権化のような道具とは無縁の生活をしているのかもしれませんね。
陶器のオカリナとは別に、木製の6穴オカリナを別の名前で世に広めようとしている方もいらっしゃいます。こちらも天然素材ですし、特に、過疎で廃校になった学校の木や被災地の木を使って楽器を作るという「文明懐疑、自然賛美のメッセージ」満載の話題を提供しています。この楽器は一つの運指穴を複数の音階に使用するので(どこかで調律を妥協せざるをえないので)西洋楽器として発展するには限界がありますが、民俗楽器の王道を歩んでいくことでしょう。
しかし、10穴から12穴へ、そして複数管へと進化しつつあるオカリナには、西洋楽器としての潜在力と可能性も秘めているように思います。次回はその点について触れてみたいと思います。
(追記 2007.01.30.) 陶器オカリナで「三宅島の火山灰で作った釉薬をかけました」とか「山古志村のたんぼの土を混ぜた陶土で作りました」とかいう人はいないと思いますが、オカリナにメッセージを込めるという観点からは、こういう路線の存在する余地はあるでしょう。米や麦は大抵の地方で作っているでしょうから、アピールしたい土地の籾殻を使った黒陶オカリナであれば、既に製作をされている方には難しくないでしょう。でも、メッセージを込める際には心も込めて下さいね。